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大阪高等裁判所 昭和38年(う)372号 判決 1964年5月25日

本籍

大阪府泉南郡東鳥取町大字黒田五百三十六番地

住居

右に同じ

会社代表取締役

阿形邦三

大正三年十一月十二日生

本店所在地

大阪市東区南本町二丁目二十番地

大正紡績株式会社代表者

右阿形邦三

右の者等に実する法人税法違反被告事件について、昭和三十七年十二月十八日大阪地方裁判所が言渡した判決に対し、各被告人から控訴の申立があつたので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 湯川和夫 出席

主文

原判決を破棄する。

被告人大正紡績株式会社を罰金七百五十万円に処する。

被告人阿形邦三を罰金百万円に処する。

被告人阿形邦三において右罰金を完納することができないときは五千円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。

原審並に当審における訴訟費用は全部被告人大正紡績株式会社の負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、本件記録に編綴の被告人両名の弁護人幸節静彦、同岡田善一の夫々作成に係る各控訴趣意書に記載の通りであるから、いずれもここに之を引用する。

被告人両名の弁護人幸節静彦、同岡田善一の各控訴趣意中事実誤認の論旨について、

よつて本件記録を精査し、原審及び当審において取調べた総べての証拠を検討して次のとおり判断する。

一、幸節弁護人の論旨は要するに、被告人大正紡績株式会社の第八期(昭和二八年五月一日から昭和二九年四月三〇日まで)事業年度の法人所得確定申告が同会社の代表取締役社長の被告人阿形邦三名義を以てなされたのは、制度上当然のことであつて、このことを以て、直ちに被告人阿形邦三が本件脱税犯の行為者であるとみることは許されない。被告人阿形邦三は、本件第八期の確定申告をするに当り八六%とか八七%というような歩留(原綿使用量に対するこれによる製品高の比率)は当時としては考えられなかつたので、従前とおり八一%乃至八二%の歩留で計算するように会計主任輪替春貴に命じたに過ぎないのであつて、本件会社の在庫品の出納管理の杜撰であつたことからいくらかの余剰原綿のあろうことを想像していたにしても、原審で問題になつたような莫大な量に達するものが秘匿されて脱税が行われるということまでの認識がなかつた。なる程被告人阿形邦三の検察官に対する供述調書中には一部犯意を肯定したかの如き供述記載があるにはあるが、これは同被告人が当時拘束されることを恐れたのと、多忙のため一日も早く取調べを終らせたいため、検察官の取調べに迎合したことによるものであつて、措信し難い。右のとおりであつて、原判示の如き法人所得の秘匿が現実にあつたとしても、被告人阿形邦三には脱税の認識を欠き、同被告人は無罪であり、従つて連座責任を間われる筋合のない被告人会社もまた無罪である、というのである。

よつて案ずるに、原判決挙示の証拠殊に原審第一二回公判における証人輪替春貴の供述調書、藤田留吉及び小出勉の検察官に対する各供述調書によれば、本件大正紡績株式会社の第八期事業年度の決算書類作製の前提として被告人阿形邦三は当時の経理部の会計係主任輪替春貴に対し、その歩留が帳簿上八七%位であつたのに八二%位で逆算してその期の原綿使用量を計算するように命じ、次いで右輪替会計係主任からその趣旨に従つて計算された原綿投入調査書B及び同調査書A(後者は真実の原綿投入使用量を記載したもの)の提出を受けた後、右の如く歩留を過少に偽つた(即ち投入原綿量を過大に作為し、結果においては生産費を過大に偽ることになる。一表に基いて決算書類を作成するように同会計係主任に命じた事実が認められること、その他諸般の状況上、被告人阿形が右のような作為によつて生ずる余剰原綿の正確な数量を知らなかつたとしても(同被告人の検察官に対する昭和三二年四月一六日付供述調書によれば、同被告人はその数量は三五万ポンド程度になるのではないかと感じたものと認められる。)同被告人はその全額につき、原料使用量従つて生産費を不正に偽つたという責任を負わねばならないものであり、引いては、そのような作為に基く所得の確定申告書を泉佐野税務署に提出させたことにより、不正の行為により本件会社の法人税を免れようとする犯意があつたものとして本件刑事上の責任を免れるこはとできないのである。なお所論は被告人阿形邦三の検察官に対する供述調書における供述記載は措信し難いというのであるが、それらの供述調書がなくとも、その余の原判決挙示の証拠によつて、被告人の本件脱税の犯意を認めうるのみならず、諸般の状況上所論の検察官調書の供述記載は措信するに足るものと認められるのである。論旨は理由がない。

二、岡田弁護人の論旨は要するに原判決は被告人大正紡績株式会社の第八期事業年度末における簿外原綿が七一万八七四六ポンドであり、その内六五万二八〇九ポンドが同期内に発生したものであるとの事実を前提として本件逋脱法人税額を算定しているものと考えられるが、右のような六五万余ポンドというような多量の余剰が第八期事業年度内に発生したものとは考えられない。若しそのような簿外原綿が発生したとするならば、その期における歩留は二〇番手を基準として約八七%となるが、当時このような歩留は考えられず、精々八四%か八五%であり、現在の歩留実績八六%で逆算するとしても、その余剰原綿は精々五〇万九二九一ポンドに過ぎない、というのである。

よつて案ずるに原判決挙示の証拠殊に原綿関係元帳(証第七号)、原綿勘定元帳(証第九号)原綿出庫帳(証第八号)、原綿総勘定元帳(証第一三号)、原綿出庫帳(証第一一号)、原料投入控(証第一四号)及び原審における証人吉岡幸重の第一〇回公判における供述調書によれば、それらの帳簿のうち真実の原綿投入量を記載してあるものと認められる原綿関係元帳(証第七号)原綿勘定元帳(証第九号)その他と水増しされた投入量を記載してあるものと認められる原綿出庫帳(証第八号)原綿総勘定元帳(証第一三号)その他とを比較計算することによつて、歩留率からの逆算というような方法を用いなくとも、所論のような七一万八、七四六ポンドとか六五万二、八〇九ポンドとかの余剰原綿の数量が算出でき、それらは真実に添うものと認められるのであつて、所論のように歩留率が八七%になるか否かは右の計数に影響を及ぼすものとは考えられない。論旨は理由がない。

三、職権を以て調査するに、原判決は本件被告人大正紡績株式会社の第八期事業年度の課税標準所得金額は二億二、九八七万四、〇三三円、これに対する法人税額は一億四七五万七、一四〇円であると認定しているけれども、右所得額に対する法人税額(四二%)は計算上九、六五四万七、〇九四円となり右の税額と異なるのみならず、右の所得金額についても、同金額は原審においてその実質上の帰属が問題となつた三品清算取引による利益金関係を除外して計算されていることは明らかであるが、その計算の方法経過は全く不明であり、三品清算取引による利益金関係を除外して計算したとしても、そのよう所得額になるということは疑わしく、加うるにその三品清算取引による損益計算を被告人大正紡績株式会社の益金、損金の決算に合一しなかつた点において課税標準所得額の認定につき原判決には事実誤認がある。おもうに被告人大正紡績株式会社は、その取締役社長である被告人阿形邦三、その弟阿形庄平、義兄植松保次郎において同会社の全株式の九五%を有する同族会社であつて、原判決挙示の証拠殊に被告人阿形邦三の検察官に対する各供述調書の外、同被告人の原審第二一回公判における供述調書及び原審第一九回公判における証人秋月重幸の供述調書、同被告人に対する大蔵事務官の質問顛末書(昭和二九・一一・二二付、昭和二九・一二・三付)によれば、本件大正紡績株式会社の経営は実質上被告人阿形邦三の個人経営の如き観を呈していて、同被告人は、同会社の資金難に対処すべく、昭和二七年一二月頃より中沢鋭太郎と共同して前示三品清算取引を、同会社の業務の一端として始め、これによつて純利益約三、六〇〇万円を上げ、そのうち約二、五〇〇万円乃至二、六〇〇万円は直接同会社のために使い(その残余の約一、〇〇〇万円の中から株券を買つたり、他人に貸付けたりしている)同会社の簿外原綿を売却してその金を三品清算取引の損失に充当しているなど諸般の状況上、法人税法第七条の三の実質課税の原則に従い、その三品清算取引による損益は実質上大正紡績株式会社に帰属するものと認めるのが相当である。そのような認定をするときは、被告人阿形邦三が同会社の第八期事業年度の決算からことさらに除外していた前示余剰原綿及び三品清算取引の収益に基く犯則所得関係の別口貸借対照表・別口損益計算書は、大蔵事務官吉岡幸重作成の大正紡績株式会社法人税法違反けん疑事件の別口貸借対照表・別口損益計算書のとおりであつて、被告人が同会社の第八期事業年度の法人税につき逋脱をはかつた法人税額は本件起訴状の公訴事実における真実の法人税額とその申告額との差額に相当する四、〇七九万七、七〇八円であり、これに対応する所得額は同公訴事実における真実の課税標準所得額とその申告額との差額に相当する九、七一三万七、四四〇円であることが認められるのである。原判決が「要するに三品取引は証拠上も阿形の個人取引と認むべきであつて、仮令被告人阿形邦三の検察官等に対する供述調書に記載されてあるように会社のために行つたものであるとしても、清算取引の如き大なる危険を伴う取引はかかる取引をなすことを目的とする会社でない限り会社の業務に関する行為とは認むべきでないと思料する」との理由で、本件三品取引の損益を本件会社の決算から除外したのは、本件会社は被告人阿形邦三が実権を握つていた同族会社で同会社の実態が被告人阿形の個人経営の観を呈していたこと、法人税法における実質課税の原則は所得については、単純にその法律上帰属するものとみられる名義人に課税するのではなく、実質的に観察して真にその所得を享受する者と認められる者にその課税をしようとする趣旨のものであることに思いを致さずして証拠の価値判断を誤つたものである。(その他原判決が本件における三品清算取引による所得が実質上本件会社に帰属するものではないとする理由付けは妥当ではない。)以上のとおりであつて、原判決における被告人阿形邦三が逋脱をはかつた法人税額、これに対応する所得額の認定には誤りがあつて、この誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、各控訴趣意中の量刑不当の論旨につき判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。

よつて各控訴趣意の量刑不当の論旨について判断するまでもなく、刑事訴訟法第三百九十七条第一項、第三百八十二条に則り原判決を破棄し同法第四百条但書に従い更に判決する。

(罪となるべき事実)

被告人大正紡績株式会社は大阪市東区南本町二丁目二十番地(昭和二十八年九月一日から昭和三十一年五月三十一日までは大阪府泉南郡東鳥取村大字黒田四百五十三番地)に本店を有し紡績を目的とし青色申告書を提出することについて政府の承認を受けた法人であり、被告人阿形邦三はその代表取締役社長として同会社の業務一切を総括しているものであるが、被告人阿形邦三は同会社の業務に関し法人税を免れようと企で同会社の昭和二十八年第八期事業年度(同年五月一日から昭和二十九年四月三十日まで)における課税標準所得金額は二億五、三六三万九、一〇〇円であつて、これに対する法人税額は一億六五二万八、四二二円であるに拘らず、昭和二十九年六月三十日所轄泉佐野税務署長に対し右事業年度の課税所得金額一億五、六五〇万一、七〇〇円で、これに対する法人税額は六、五七三万七一四円である旨虚偽の法人税額の確定申告書を提出し、よつて不正の行為により前記納付すべき法人税額と申告法人税額との差額四、〇七九万七、七〇八円を逋脱したものである。

(証拠の標目)

原審公判における被告人阿形邦三の各供述調書、同被告人に対する大蔵事務官の質問顛末書(昭和二九・一一・二二付、昭和二九・一二・三付)及び原審における証人秋月重幸の供述調書を加える外原判決挙示の証拠と同様であるからここに之を引用する。

(法令の適用)

被告人阿形邦三に対して法人税法第四十八条第一項第二項(罰金刑選択)及び刑法第十八条を適用し、被告人大正紡績株式会社に対して法人税法第五十一条、第四十八条を適用して、同会社を罰金七百五十万円に、被告人阿形邦三を罰金百万円に夫々処すべく、被告人阿形邦三において右罰金を完納することができないときは五千円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置すべきものとし、刑事訴訟法第八十一条一項本文により、原審並に当時における訴訟費用は全部被告大正紡績株式会社をして負担せしむべきものとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塩田宇三郎 裁判官 竹沢喜代治 裁判官 野間礼二)

控訴趣意書

法人税法違反

被告人 大正紡績株式会社

同 阿形邦三

右の者に対する頭書被告事件につき控訴趣意左記の通り陳述致します。

昭和三十八年四月四日

右被告人弁護人

弁護士 岡田善一

大阪高等裁判所第四刑事部 御中

一、原審判決は事実を誤認していると思料する。

原審判決においては被告大正紡績株式会社の昭和二十八年第八期事業年度末における簿外原綿が七十一万八千七百四十六封度存在して居り、その内六十五万二千八百九封度が同期に発生したものであるとの事実を前提として逋脱法人税額を算定されている。

成程原審判決摘示の小出勉及び藤田留吉等の検事に対する供述調書や大蔵事務官に対す質問顛末書並びに押収にかかる諸帳簿等の記載によれば一応原審判決認定の如き事実を推定されるかも知れない。

然しながら被告会社において第八期末における在庫原綿について現実に棚卸しをした事実がないこと及び右藤田留吉等の記帳していた原綿出庫帳等の記載が必ずしも正確でなかつたことは原審公判における被告人阿形邦三の供述や証人阿形宇一、同輪替春貴等の証言によつて察知するに難くない。

従つて、同期末における簿外原綿の数量についてもこれを正確に把握し難いところであると思料するのみならず仮りに原判決認定の如く七十一万八千七百四十六封度の簿外原綿が期末に存在していたとしても右原綿の内六十五万二千八百九封度が同期年度内に発生したものであるかどうかはたやすく断定するを得ない。

蓋し第八期事業年度内に前記の如く六十五万二千八百九封度の簿外原綿が発生したとすれば原綿使用数量と綿糸の生産数量との対比即ち歩留り率が二十番手を基準として約八十七%となるのであるが、永年東洋紡績株式会社その他で紡績の生産担当として勤務して居た現被告会社工場長坂野忠一の証言によつても当時被告会社で使用していた落綿の品類、混綿率及び紡績機械等から勘案してその歩留りが精々八十四、五%であつて、これをその後設備も改善され、又原綿も良質のものを使用している現在の歩留り実績八十六%で逆算するとしても修正貸借対照表及び損益計算書並びに勘定科目内訳説明書中法人の部の原料の項で説明している通り第八期事業年度において発生する余剰原綿の数量は精々五十万九千二百九十一封度に過ぎず、到底前記の如く六十五万二千八百九封度というような余剰原綿が発生する余地がないからである。

さすれば原審判決認定の如く同期年度内に六十五万二千八百九封度の余剰原綿が発生したとの点についてはこれを紡績上の歩留り実績に照らしても明らかに事実誤認であると言わねばならない。

二、原審判決は量刑重きに失すると思料する。

原審判決においては本件法人税違反の事実について被告会社に対し罰金七百五十万円、被告阿形邦三に対し懲役六月、但し一年間刑の執行猶予の言渡しをされている。

被告会社に対する罰金額については前記一で述べた余剰原綿の数量が減量されれば自然罰金額もそれに伴い減額さるべき筋合であると思料するが、更に被告阿形邦三に対する前記の科刑も左記情状に鑑み重きに失すると思料する。

(一) 本件違反を犯すに至つた事情については阿形被告が原審公判でも供述した通りであつて、被告会社においては昭和二十七年当初の錘数は約八千錘に過ぎなかつたが、その後急速に施設を拡充し昭和二十九年一月には五万六千四百錘に達するに至つた。

ところで、会社の人的機構や経営組織はこれに伴はず、且つ倉庫も数ケ所に分散して居たため現実の在庫原綿や打込み原綿の数量等を正確に掌握することが出来なかつたのと、当時増錘による資金繰りに追はれていた等の事情から第八期の所得申告に当つても製品の歩留りにつき単なる過去の経験と申告実績だけに基いて所得を計上した結果本件法人税法違反を惹起するに至つたものであつて、少くとも阿形被告としては多少の簿外原綿の存在することは予想し得たとしても調査の結果判明したとされている七十一万封度余というような多量の簿外原綿の存在については考え及ばないところであつた。

かようにして本件法人税法違反についてその犯意を阻却しないとしてもそれは未必の犯意であつてかかる被告人の心情について先づ御酌量を賜るべきであると思料する。

(二) その上右簿外原綿についてもそれを翌事業年度の中途において発見されたため翌期の申告においてはすべて会社の正規の経理に繰り入れられた結果現実には右簿外原綿の発生によつて会社としては毫も利得していないところであつて以上の事実も本件科刑上相当考慮を賜り得ると思料する。

(三) 更に本件脱税についてはその後税務当局から第八期における総所得が二億六千七百七十五万八千八百万円と更正され、右の更正決定に基いて被告から提出した第八期納税明細に記載したように国税については法人税、利子税等計一億五千五百八十五万七千六百二十円を、その他事業税、府民税、市町村民税等併せて合計二億二百九十二万四千三百二十八円の税額を納付済みであつて、法人税法上の取締りが国税の微収を確保するにあるとする以上かようにして被告会社において前記の如く本来支払うべき法人税額を遙かに超過した国税等を納付している事実も亦十分斟酌されて然るべきであると思料する。

(四) 尚本件と同年度の同種事例を比較するに

イ 下級審刑事判例集一巻二号三七〇頁

ロ 同 一巻四号九三三頁

に掲載された二例は略々本件に近似しているが、これらの判決主文と違反事実の内容を集約すると次の表のようである。

<省略>

右の事例はイ、ロ共その法人税の逋脱額は三千万円以上に及ぶものであつて本件と同等同級のものというべきであるに拘らず何れも被告人個人に対する処罰は比較的軽い罰金刑を科しているに過ぎない。

又昭和三十七年九月十八日大阪地方裁判所第二十二刑事部で言渡された市新晒工業株式会社外一名に対する法人税法違反事件に対する判決について見ても、右会社の逋脱額は計四千二百四十一万四千六百八十円であるに拘らず同会社の代表者である被告人中江直治に対しては罰金計百万円の言渡しをされているのであつて以上の事例と比較するも本件被告人阿形に対する懲役刑の言渡しは刑の執行を猶予されているとは言え科刑重きに失すると思料する。

被告人阿形は現在この種業界でも相当の地位を占めているが、もしも原審判決の如く懲役刑に処せられるとすれば今後経済人としての生命にも影響するところ大なるものがあるので何卒以上の情状御検討の上原審判決を破棄し軽い罰金刑を以つて、御処断あらんことを切望する次第である。

控訴趣意書

法人税法違反

(昭和三十八年(う)第三七二号)

被告人 大正紡績株式会社

右代表者 阿形邦三

被告人 代表取締役 阿形邦三

右被告事件につき大阪地方裁判所が言渡した有罪判決に対し、被告人から各控訴を申立たが、その理由は次の通りである。

原判決は、

被告人大正紡績株式会社は大阪市東区南本町二丁目二〇番地(昭和二八年九月一日から昭和三一年五月三一日までは大阪府泉南郡東鳥取村大字黒田四五三番地)に本店を有し紡績を目的とし青色申告書を提出することについて政府の承認を受けた法人、被告人阿形邦三はその代表取締役社長として同会社の業務一切を総括しているものであるが、被告人阿形邦三は被告人会社の業務に関し法人税を免れようと企て、被告人会社の昭和二八年第八期事業年度(同年五月一日から昭和二九年四月三〇日まで)における課税標準所得金額は二億二千九百八十七万四千三十三円でこれに対し納付すべき法人税額は一億四百七十五万七千百四十円であつたのに、昭和二九年六月三〇日所轄泉佐野税務署長に対し右事業年度の課税標準所得金額は一億五千六百五十万千七百円でこれに対する法人税額は六千五百七十三万七百十四円である旨虚偽の法人税額の確定申告書を提出して不正の行為により前記納付すべき法人税額と申告法人税額との差額三千九百二万六千四百二十六円を免れたものである。

との事実を認定し、被告会社に対し罰金七百五十万円、被告人阿形邦三に対し懲役六月、一年間執行猶予の各言渡しをしたものである。

第一点、原判決は判決に影響を及ぼす重大な事実の誤認があり、破棄を免れないものである。

原判決は「被告人阿形邦三は被告会社の業務に関し法人税を免れようと企て」と判示し、被告人阿形邦三が法人税の脱税犯意を持つて居た旨の認定をしている。

被告人阿形邦三が被告人大正紡績株式会社の代表取締役社長であり、従つて原判決判示の昭和二十八年第八期事業年度の同社法人税確定申告書は、被告人阿形邦三が同会社代表者となつて、提出されていることについては争うところがない。而して原判決は、被告人阿形邦三が本件脱税犯の行為者であり、法人税法第五十一条の規定により、被告会社が連座処罰せられるものとされているわけである。

被告会社の法人税法違反の成立を認定するには、法人である被告会社の業務に関し、代表者なり若しくは代理人、使用人等自然人の行為者の、脱税犯該当の行為の存在することが、必要的前提であることは、論議の余地のないところである。

本件について言えは、被告人阿形邦三が、大正紡績株式会社の第八期事業年度の法人所得の確定申告に際し、虚偽の申告をするにつき、犯意があつたことが要件となるわけである。

大正紡績株式会社の法人所得確定申告書が、同社の代表取締役社長として、被告人阿形邦三の名義を用いてなされることは、制度上当然の事理であるか、確定申告書の名義人は、あくまでも書類の形式上の責任者であるに止り、これと脱税犯の行為者とは、別個に考えなければならぬものであつて、この両者が同一人である場合もあれば、又名義人の他に別に行為者が存在する場合もあり得るのである。従つて虚偽の法人所得の確定申告書上の名義人になつているから、脱税犯の行為者であると即断することは許されないものである。

そこで問題は被告人阿形邦三に、脱税の犯意があつたかどうかの点である。

原判決は各種の証拠を列挙し、被告人阿形邦三に犯意のあつたことを認定している。

然し本件記録を精査するに、被告人阿形邦三には脱税の犯意がなかつたものであり、第八期事業年度に生じたであらう、余剰原綿の数量についての明確な認識を欠き、従つて原判決判示の如き、被告会社の所得額に達するものであることに対する、認識を欠いて居たものであることが認められるのである。

余剰原綿の発生の数量は、生産の為に投入する原綿の量と、これによつて生産される製品の数量との、割合によつて増減するものであり、所謂原綿の歩留率を、いかに見るかによつて違つてくるものであつて、このことは原審昭和三十七年九月八日第二十四回公判に於ける、証人坂野忠一の証言、同三十六年六月七日第十二回公判に於ける、証人輪替春貴の証言、同昭和三十七年九月二十二日第二十一回公判に於ける、被告人阿形邦三の供述等によつて明かである。この歩留率の大小は、使用原綿、紡績機械設備、それに作業技術の三条件によつて定るが、前記証人坂野忠一は、歩留率の決まる原因として「一番大きいのは使用原料の原綿でそれから機械設備、更に実際に作業する技術の程度である使用原料の種類によつても異り、落綿を使用した場合は歩留率が非常に悪くなる」旨又、被告会社の昭和二十八年五月から同二十九年四月迄と、現在の機械設備の比較については、「現在は七工程の機械に改善されたが当時は十一工程の機械であり、工程の多い方が落綿が多く歩留率が悪い、当時の機械工程で、当時の使用原綿からは、八十四、五パーセント位じやないかと思う、当時八十七、八パーセントという歩留率は一寸考えられないと思う」旨証言をして居る。もつともこの八十四、五パーセントという数字も、証人坂野忠一の各種条件から推定した一応の数字であり、同一条件の下でも、必ずしも同率となるわけのものでもなく、その時々によつて、又各紡績社会によつて、多少の高底を生ずるものであることも、前記証人坂野忠一の証言の中に現れているのである。

要するに歩留率というのは概数であり、必ずしも絶対的不動的なものでないことを認めねばならない。被告人阿形邦三は本件第八期の確定申告をするにあたり、八十六、七パーセントの歩留率は当時としては、絶対に考えられないものであり、当時の使用原綿の品種、並に機械等から割出せば、従前通り八十一、二パーセントに止るものと信じたので、これによつて会計係主任輪替春貴に計算をさせたものに過ぎない。

前記原審第十二回公判に於ける証人輪替春貴の証言中、「今期は八十七、八パーセント位出たが従来は大体八十二、三パーセントであり、社長は従来は八十二ないし八十三であるからちよつとおかしいということを言われ八十二パーセント位で一回計算して見ろと言われた」旨の証言があり、前記証人坂野忠一の、当時の歩留率に関する推定証言とも併せ考えると、原審昭和三十七年九月二十二日第二十一回公判に於て、被告人阿形邦三が「従来も八十一、二パーセントで所得の申告をして居たと思う、それは大体永年の経験でそれ位のものじやないか各紡績会社の資料もあるし大体そんなところでないかということである」旨の供述をして居る通り、前記被告人阿形邦三か八十一、二パーセントの歩留率と信じたということは、決して不自然ではなく従前の経験に徴し、当時の各種の諸条件から割出して、正しいと判断した数字であつたことを認めるに難くない。

一方被告会社は、昭和三十七年当初錘数約八千錘に過ぎなかつたが昭和二十九年一月には、五万六千余錘に増加したに拘らず、急速に生産面のみが拡大され、各般の事務面の整備拡充がこれに伴わず、会社倉庫の如きも数個所分散し、在庫原綿や製品の管理も粗雑に流れ、当時迄一回の棚下をしたこともなく、余剰原綿が果して幾ばくあつたか、又いつどれだけ生じたものかも、確認するよしもなかつたのである。紡績会社一般に、毎期いくらかの余剰原綿を生ずるであらうことは、想像に難くないが、原審が認定するが如き、多量の余剰原綿が、被告会社に仮りにあつたとしても、それが第八期のみに発生したものと断定することは、かなり難しいものであらう。

前記証人輪替春貴の原審昭和三十六年七月二十四日第二十一回公判に於ける、「長年にわたつて実地棚下をやつていないし、必ずその期に全部発生したということは考えられない帳簿もずさんな点が確かにあつた」旨の証言や原審昭和三十七年九月二十二日第二十一回公判に於ける、被告人阿形邦三の「従来から一回も棚下をしたことはない人手の足らぬ前からの人員で事務処理をやつていた関係でそういうのに手がまわらなかつたわけである。前期からの蓄積がそうなつたのである。決して八期だけのものではないと思う」旨の供述、或は原審昭和三十七年六月二十六日第十八回公判に於ける、証人吉岡博の被告会社の倉庫の在庫品の出納管理が、かなり杜撰であつた趣旨の証言等を綜合すれば、いくらかの余剰原綿があるであらうという想像は、被告人阿形邦三もして居たではあろうが、原審認定の如き大な数量に達するものであるとの認識はなく、従つてこれによつて莫大な所得が秘匿され、脱税が行われるという迄の認識はなかつたものと認めるのが相当である。

思うに当時の被告会社は、生産拡充のため資金繰りに追われ、社長たる被告人阿形邦三は、専ら資金調達等に忙殺されて居た事情にあり、確定申告に当りかかる事務的な庶務は、それぞれ担当重役並に係員が居り、それに委せてこと足るわけでてり、只高率な歩留率の報告をきき従来の経験に徴し、不審の念を抱き再調査を指示したに止り、その際に多量の余剰原綿を隠匿して、脱税をしようなどという悪意は、なかつたものと見るのが情理に適う見解ではなかろうか。そしてその后担当係員から、作成提出された確定申告書に対し、何等の疑念を挾むことなく、代表者として署名したものに過ぎないと認定すべきものである。

なる程検察官作成の被告人阿形邦三の供述調書中に、一部犯意を肯定したかの如き供述記載があるにはあるが、これは当時拘束をおそれたのと、一日も早く取調を終らせたいため、検察官の取調に迎合した結果なされたものであり、措信し難きものと言べきである。

さればよしや原判決認定の如き法人所得の秘匿が現実にあつたとしても、その自然人たる行為者と認定されている被告人阿形邦三には前述の如く脱税の認識を欠如するものであり、被告人阿形邦三は罪とならないものと断すべきものであり、従つてその連座責任を問われる筋合のない被告会社も、亦罪とならないものと認定すべきものである。然るにこれに反する認定をした原判決は、重大な事実の誤認をしたものであり、判決に影響を及ぼすこと明かであり、破棄すべきものである。

第二点、原判決は刑の量定が不当であり、破棄を免れないものと信ずる。

原判決の犯罪事実の認定を、仮りに容認するとしても、本件記録を精査すれば、左記の如き諸般の有利な情状があり、これを勘案すれば、原判決の各刑の量定は著しく重きに失するものと信ずる。

本件法人税法違反は、偶々被告会社が生産拡大のため、その生産設備の拡充に追われ、事務面の人的整備これに伴わず、原綿在庫数量の調査、投入原綿の数量の調査、引いては歩留率の正確の把握等が、充分に行われぬまま運営せられて居た上に、当時綿業界は不況の底にあり、且被告会社生産設備拡大の資金需要のため被告人阿形邦三はこれが資金繰りに東奔西走、全く寧日なき有様であつた為、多少の余剰原綿の存在することは、予想したであろうが、原判決認定の如き、大な数量には考え及ばず、担当係員の作成した確定申告書に、事務的に代表者として署名し、提出させたに止るものであつて、もし将来棚下の結果、数量が明確にせられた時は、修正申告をすればよいと考えて居たことは、検察官調書に於ても供述しているところであり、要するに被告人阿形邦三の犯意たるや、極めて微弱なものであり、計画的に図つたというが如き、悪質事犯とは認められず、むしろ社長としての道義的責任があるが故に、敢えて刑事上の責任を追及せられるに至つたものではないかとも思料せられるのである。

凡そ悪質な脱税事犯に対しては、国税当局は青色申告の資格を取消すことを原則として居り、特に情状酌量すべきものに限り、これを取消さない場合もあるが、これは極めて稀れであり、被告会社の場合は、この例外の場合に属するのである。このことは国税当局も、本件事犯の情状が悪質でないことを認めた結果によるものであり、刑事責任考量の上に、参考とせらるべきものと言うことが出来る。

本件簿外原綿は、その后翌期の申告に於ては、凡て会社の正規の経理に繰入れられ、結局被告会社は余剰原綿によつて現実には毫も利得していないところであり、これ亦情状の一端として利益に斟酌せられるべきものである。

本件脱税事犯に対しては其の后国税当局から、二億六千七百七十五万八千八百円と更正決定を受け、被告会社は国税については法人税、利子税等計一億五千五百八十五万七千六百二十円を、又それに伴う事業税、府民税、市町村税、計四千七百六万六千七百八円即合計二億二百九十二万四千三百二十八円の税額を完納して居り、正当に支払うべき法人税額を、遙かに超過した税金を納付して居り、これによつて既に相当の科刑を受けたものとも言い得るものであり、これに対して更に原判決の如き重刑を以つて臨むは、まさに過酷に失するというべきであり、更に軽き罰金刑の量定を御願いするものである。

被告人阿形邦三は、東鳥取町の旧家に生れ、現在大正紡績株式会社長として、綿紡界に活躍する実業家であるが、つとに郷党より信頼せられ、同町の為貢献するところ多く、末だ同町が村制当時、村内の円満と発展との為に、敢えて推されて短期間ではあつたが、村長となり村政に寄与するところもあり、現に大正紡績株式会社の工場はいづれも同町内に在り、被告人阿形邦三経営の大正アスベスト株式会社工場も同町に設置し、共に同町の発展のため、多大な寄与をしているものであつて、極めて信望の厚い人物である。本件のために責任を問われるは己むを得ないとしてもたとえ執行猶予とは言え、六月の懲役刑に処せられたということは、過去の被告人の行跡に照し、あまり気の毒であり、今后公私の面に於て活動するについても、何かと支障もあり、此の際被告人阿形邦三に対し、軽い罰金刑を以つて処断することによつて、一層社会のため活動を、容易ならしめられんことを、切に御願いする次第である。

以上とより原判決を破棄し、相当の裁判を求むる次第である。

昭和三十八年四月一日

右弁護人 幸節静彦

大阪高等裁判所第四刑事部 御中

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